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大野文化財保護研究会

北海道新幹線の函館北斗駅近くは、
小山内ゆかりの地であります。
その北斗市(旧大野町)の大野文化財保存研究会の
ホームページに小山内の紹介があります。
「大野文化財保護研究会」へ
是非ごらんになってみて下さい。
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小山内龍とは

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小山内龍 本名 澤田鉄三郎
明治37年(1904年)~昭和21年(1946年)11月1日

1904年北海道函館市に生まれる。本名は澤田鉄三郎。
小学校卒業後、貨物船の船員をするが心臓の発作の為船を降り、昭和6年「週間アサヒ」の懸賞に応募して漫画家としてデビュー。昭和7(1932)年、新漫画家集団に加入。
昭和12年頃から「コドモノクニ」を舞台に児童文学作品を手掛ける。「山からきたくまさん」「オヤマノカキノキ」「ニッポンノアマ」「うさぎの手紙」「猫のひとりごと」「一茶絵本」など自著・他著の装丁を多数手がける。また、エッセイストとしても「昆蟲放談」「黒い貨物船」を執筆するなど、才能を開花させるも1945年の東京大空襲で焼け出され、故郷函館にて42歳の若さで他界する。新漫画家集団の創設初期からのメンバーに名を連ねていた小山内は、森永製菓のキャラメルの箱に昆虫のイラストを描いていました。この時、漫画家集団の指導をしていた石井悌農学博士に「昆虫を描くなら実際に観察したほうがよい」と勧められ、昆虫観察に没頭することになります。その時の苦心談や日記をまとめたものが、昭和16(1941)年に出版されたエッセイ「昆蟲放談」となりました。「昆蟲放談」は初版から四版まで出版され、NHKのラジオでも朗読された代表作である。

小山内龍年譜

年譜

明治37年(1904年) 
函館市大縄町に生まれる。

44年(1911年) 
若松尋常小学校(昭和63年廃校)に入学

大正9年(1920年) 
下駄工場に勤務する。

10年(1921年) 
外国航路の貨物船員となる。

昭和2年(1927年) 
社会運動に参加する。

6年(1931年) 
上京し各種の職業に就く、その傍ら漫画、童画を独習し「アサヒグラフ」の懸賞漫画に入選する。

7年(1932年) 
漫画集団に加入

9年(1933年) 
「新イソップ物語」横山隆一著 東京朝日新聞に連載


12年(1937年) 
「猫のひとりごと」小川三男著 組合書店


13年(1938年) 
村田昌と結婚

14年(1939年) 
第2回児童文化賞受賞(動物と昆虫漫画)
「欅と芽立」橋本英吉著(三和書房)

15年(1940年) 
「オ山ノコグマ」百田宗治著 国民絵本 博文館

16年(1941年) 
「動物トナリグミ」百田宗治著 国民絵本 博文館
「オヤマノカキノキ」百田宗治著 新日本幼年文庫

「コロチャントオートバイ」与田(與田)凖一著
「家畜物語」ファーブル著 偕成社少年少女文庫

「ゲンキナコグマ」朝日新聞社
「昆蟲放談」大和書店


17年(1942年)
 「昆蟲ノハナシ」国民絵本 博文館
「黒い貨物船」映画出版社

「風と花びら」平塚武二著 少国民文芸選 帝国教育出版部
「南方昆蟲紀行」石井悌著 大和書房

「オ山のナカヨシ」童画社
「ヤマカラキタクマサン」百田宗治著 新日本幼年文庫 帝国教育出版部 
「牛をつないだ椿ノ木」新美南吉著
「ホタルトヤンマ」小学館

18年(1943年) 
「うさぎの手紙」東榮社

「コグマトムシ」東榮社
「南ノ国動物」石井悌著
「ハタラクコグマ」日本教育画劇
「フシギナモノ」平塚武二著 東栄社
「歌とおどり」平塚武二著 
「肥後民話集」荒木精之著 地平社
「昆蟲になってみたら」加藤正世著 金の星社


19年(1944年) 
「昆蟲タチノ國」大和書店

「カラストオサル」宝雲社
「海獣船とうえい丸」平野直著 少国民文芸選

「野中兼山」榊山潤著 少国民文芸選

「西遊記」佐藤春夫 新潮社

20年(1945年) 
「オヤコグマ」宝雲社
東京大空襲で自宅全焼。7月、北海道大野町(現 北斗市)に疎開、8月敗戦

21年(1946年) 
「一茶絵本」石塚友二著 鎌倉文庫

「久助君の話」新見南吉著 組合書店
「キツネトタヌキ」漫画社
「クマトネズミ」朗書社
 
11月1日、母に看とられて函館市内で死去。享年42歳。小山内は死に際して「残念だ」といったという。

22年(1939年) 
「ニッポンノアマ」平塚武二著 少国民絵文庫

墓の移転


小山内龍展の閉幕を機に、
北海道にあった澤田家の墓を松本に移転しました。
これで、年に一回くらいは墓参りもできるでしょう・・・

小山内展、無事閉幕


本日をもちまして、
田淵行男記念館で開催されておりました、
小山内龍展が無事閉幕いたしました。
田淵館関係各位、
取り上げていただきましたマスコミ各位、
ご来場のお客様にお礼申し上げます。
昨年の同時期に比べ、
三倍もの入館者があったという事で、
企画者として安堵しております。
今回の展示で整理した資料の一部は
小山内美術館HPにて順次公開していこうかと
思っておりますので、
見逃した方もお楽しみにしていて下さい。
現在やってる安曇野スタイルのアンケート集計が終わり、
美術館の常設展示の企画、展示が終わり、
美術館の館報の編集が終わり、
春の特別展が終わり・・・・
諸々が片付いたら早速取りかかります・・・
いつになるやら。

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